高砂教室

のり

個別指導塾の学習空間、高砂・稲美教室の馬場です。

もう明日からは2月です。「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」というように、殊に受験生にとってこの三か月は目まぐるしく過ぎていきますね。

さて、今回は2月の風物である節分についてと思ったのですが、一年前に『撒き、巻き』というタイトルで書いていたので、節分にちなんで恵方巻に使われる「海苔」についてのお話です。

「のり」の語源は「ぬるぬるする」という意味の「ヌラ」とされていて、日本では、古くは「紫菜(あさくさのり)」「神仙菜(あまのり)」と呼ばれていました。
平安時代末期には「甘海苔(あまのり)」といい、それを板海苔に成形した「浅草海苔(あさくさのり)」が江戸時代以降に広まったそうです。※諸説あります。

2月6日は「海苔の日」です。これは、全国海苔貝類漁業協同組合連合会が1966年に制定しました。
701年(大宝元年)に制定された大宝律令において、海苔が「諸国指定産物」という年貢として納める海産物の一つとされたことにちなんで、大宝律令が施行された702年1月1日(旧暦)を新暦に換算した2月6日を「海苔の日」としました。また、「海苔」は初春の季語でもあり、2月6日時期にあたります。

今年の恵方は……「南南東!」
受験生の皆さん!海苔を巻いた恵方巻を食べて、合格という恵方(明るい方位)へ進んでくださいね!!

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クリスマスツリー

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今年も残すところ、後わずかとなりました。この一年は、世の中にとって激動の一年でした。そろそろ今年の漢字が発表されますが、暗い話題が多かったので、「疫」か「病」ではないかと予想しています。

さて、12月は例年、いろいろなイベントがありますが、それもコロナの影響で中止になり、自宅にいるなんて人が多いと思います。そんな中にあっても、気分を少しでも明るくしてくれるもの、それがクリスマスかなと……今回はクリスマスツリーのお話です。

クリスマスは、イエス・キリストの降誕を祝う日です。クリスマスは12月25日ですが、この日がキリストの誕生日というわけではなく、「キリストの誕生を記念する日」と位置づけられており、キリストの誕生日は不明とされています。

クリスマスに飾られる「クリスマスツリー」は、もみの木などの常緑樹が用いられます。常緑樹が用いられるのは、冬でも枯れずに一年中葉を茂らせる強い生命力が「永遠」を表しているからと言われており、キリストが人々に与える「永遠の命」や「永遠の愛」を象徴しています。

クリスマスツリーの起源は、北欧に暮らす古代ゲルマン民族の冬至のお祭りに飾られた樫の木だと言われています。樫の木は常緑高木で、冬でも葉を枯らさないため、古代ゲルマン民族は永遠の命の象徴として信仰していました。また、中世のドイツでは、もみの木に小人が宿り、花や食べ物を飾ると小人が集まってきて、人々に力を与えてくれると信じられていました。このように、樫の木やもみの木の信仰がキリスト教と結びつき、クリスマスに飾られるようになったのです。

また、クリスマスツリーの飾りにも、それぞれに意味があります。今回は三つ、紹介します。

一つ目は、クリスマスツリーのてっぺんに飾る星です。名称を「ベツレヘムの星」と言い、キリストが誕生したことを知らせるために、西の空に現れた星のことです。この星によって、キリストが誕生したことを、三人の賢者が知り、その場所に導かれたとされています。

二つ目は、イルミネーションです。現在は電気を使う電飾ですが、昔はろうそくを飾っており、「この世を照らす光」と言われたキリストを象徴しています。

三つ目は、靴下の飾りです。サンタクロースのモデルとされる聖ニコラウスが、貧しい家の子どもたちを助けるために、窓から金貨を投げ入れたら、暖炉の近くにあった靴下に偶然入ったという話が由来で、この話からクリスマスにプレゼントを入れる靴下を置いておくようになったそうです。

他にもクリスマスツリーの装飾はたくさんあるので、興味を持たれた方は調べてみてくださいね。

どのような状況にあっても、自分自身の希望の光を見失わないようにすること、それが少しでも前進するためには必要なのではないでしょうか。(笑)

来年は、良い話題が一つでも多くあると良いですね!

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こたつ

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最近、朝晩の冷え込みが身に沁み始める時季になりましたね。早起きをしようと思うと布団から出るのが億劫になる今日この頃です(苦笑)
皆さんのお家でも、そろそろ冬に向けた支度を始めているのではないでしょうか?

さて今日はだんだん寒くなってくるこの時期から登場する暖房器具、炬燵(こたつ)についてのお話です。

こたつは、室町時代に登場したと言われており、その頃は囲炉裏(いろり)の火力を落として台を置き、着物をかぶせたものだったそうです。
それが、江戸時代になると囲炉裏の上に櫓(やぐら)を組み、布団をかけた「やぐらこたつ」で暖を取るようになりました。
また、明治時代になると、囲炉裏を床に下げて、床と同じ高さに櫓を組み、布団をかけ、足が入れられるようにした、掘りごたつが登場するようになりました。
しかし、この頃までの熱源は、木炭や炭団(たどん)などで、火事や一酸化中毒の危険性があり、幼い子供が亡くなることも、多く報告されていました。
そこで、大正時代後期には、電気こたつが販売されていましたが、家庭にはなかなか普及しませんでした。
戦後、現在のような机式のやぐら式こたつ(置きこたつ)が発売され、掘りごたつのように畳を切って炉を作る必要がないので好きな場所へこたつを置き、足を伸ばすことができることから爆発的に売れました。

現在のように、便利に使用できるようになるまでには、紆余曲折あるのだなと感じ入ると共に、今あるものに、どのように手を加えていくと便利になるのかと考えていくことの大切さにも気づかされますね!

ただし、炬燵に入ったまま寝てしまい、風邪をひかないようにご注意を!(笑)

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